新年の挨拶にかえて一年のご挨拶をさせていただきます。
(重源の極楽山浄土堂)
初めに父・進が去る5月9日に85歳の生涯を全うし、愛犬のラブラが11月12日に14歳の天寿を終えたことをご報告いたします。家族の死に直面して思うことは、2度と会えないという現実で、「死」とは「見る」こと、「会う」ことの可能性の否定形です。今年ほど「百聞は一見にしかず」の意味を考えたことがありません。かねてより見たいと思っていた、重源の極楽山浄土寺浄土堂を訪ねたときのことです。大陸風のザックリとした天竺様の浄土堂の中で、逆光で浮かび上がる阿弥陀三尊像の前で思わず立ち尽くしてしまい、見るというよりも会えたという体験でした。「百聞は一見にしかずに値するか否か」は、芸術や本物を見分ける目利きや鑑定の、生死を分ける、れっきとした基準なのです。
子供たちも家を離れ、わが家はいっぺんに寂しくなりました。食いしん坊のラブラもいません。早朝のテレビ体操を母や妻と始め、お茶を飲むのが日課となりました。今年から、とっておきの清春の出刃包丁を取り出し、舞阪で仕入れた旬の魚を調理することを始めました。カマスや甘鯛の一夜干しは絶品です。カツオの頃には名人となっていると思います。皆さまのご健康とご活躍をお祈りいたします。