ナウハウスの中庭に10年ほど経った一本のレモンの樹があります。5年経っても実をつけず、枝葉ばかり伸ばしていました。青春を謳歌してばかりいて、実のあることをしない若者のようでした。そこで、現実の厳しさを知らしめるべく、枝葉を詰め根の周囲を掘り起こし、苛めてみました。すると翌年から数個が結実するようになったのです。今では20個以上の立派な実をつけています。
相変わらず樹勢は強く、剪定しても次から次へと立枝が伸びていきます。そんなレモンの若葉は、蝶の幼虫の大好物です。クロアゲハチョウがやってきては1ミリくらいの白い卵を産み付けていきます。その卵は、レモンの葉にそっくりに同化した青虫に育っていくのです。蝶の幼虫は、レモンにとってせっかくの若葉を食い散らしていく害虫です。
大きな青虫を見つけました。心を鬼にして枝切バサミで青虫を挟み、庭のタタキに打ち捨てました。助けてやってもいいじゃないかと、後悔の気持ちもあって改めて青虫を見ますと、胴がちぎれかけレモンの葉の青汁が出ています。見つかったお前が悪いのだと気を取り直し、レモンの樹の無駄な枝の剪定を続けていました。何十分立ったのでしょうか、先ほどの青虫をふと見ますと、それは懸命にどこかに逃れようかと、青汁の一筋を曳きながらゆっくりと動いているではありませんか。ちぎれそうな胴を引きずりながら懸命に歩む姿に、後悔の念はますます増してきましたが、助けるすべもありません。再び青虫を見ることも無く、事務所に戻りました。
翌朝、いつものとおり、早朝の散歩を済ませ、中庭に戻ってきました。ふと気になって昨日の青虫を探しました。青汁の痕跡はありますが、姿が見えません。瀕死の状態で、遠くに行くことはかなわないはずです。しばらく探して見たのですが、どこにも見つからないのです。助かりようのないあの青虫はどこに行ってしまったのでしょうか。悠然と消えてしまった青虫の意地を思い、ただの虫だと思っていたところに、不思議さとちょっとした感動を覚えました。