仕事例>住宅 >すっぴんの家
すっぴんの家
黒部市三日市は黒部川扇状地の左岸に位置し、江戸時代より宿場町として栄え、沿道型の商店街を形成している。全国1万8千ともいわれる商店街の約9割は沈滞ぎみで特に人口2~8万の地方都市の商店街はほとんど衰退の道を辿っていて、この黒部市三日市もその例外ではない。昭和50年代後半より、急速に商店街全体の活性化の気運が高まり”自立への道”への模索が始まった。昭和60年代前半には再開発のプロジェクトが組まれ、旧来の商店街から「暮しの広場」への脱皮が活発化している。黒部市は商業の発展を基盤として、その未来像を描き、都市としての必要な諸機能の集中化を図ろうとしている。こんな状況を背景に設計の依頼があった。クライアント夫妻は、三日市商店街にそれぞれ小売店をもち、商店街活性化の当事者である。「隗より始めよ」に倣い、将来の都市化に備えようとしたものである。
敷地は商店街の南端にあり周囲は木造の住宅が密集している。クライアントはミニコミ誌の編集発行を14年間以上続け、「黒部まつり」や黒部川をテーマとした「水のコンサート」といった、地域の活動にも熱心である。住まいへの要望は、多忙な日常を支えるために機能的であること、私的な領域を確保しながらも地域の交流が円滑であることであった。
平面計画は光井戸をかねる階段室を中心に必要な部屋を配して動線を最短とした。そして近隣相互のプライバシーを守るために、隣地境界に面する窓は通風あるいは採光のみの小窓とし、それぞれの庭は連続させ、庭に面する開口部のみ拡げた。また北陸の機構に対しての過度の対策は避けた。多目的の車庫スペースを広く取ること。積雪荷重(1.5m)に耐えること。かつ積雪を落下させない陸屋根にすること。外壁回りは結露を防ぐため防湿断熱の発砲ウレタンを封入し、1階の部屋は除湿機を備えた。食堂・居間や水回りを中層階に置き、その上下階に個室群を配置し、各部屋はこの部屋の黒部峡谷である階段シャフトでつながれている。面積を確保するため3階建てにするとはいえ、周囲の建物に対して威圧的にしたくないというのがクライアントの希望であった。構造は1階をRC造、2・3階を鉄骨造として積雪や蔵書の荷重に耐えさせた。
また道路斜線をクリアするために、居間の吹抜けや開放的な階段室を得る一方で個室群の天井高をできる限り抑えた。その結果、前面道路からかなり接近しないと、この家の存在には気づかないようである。
夜、桜の古木の並木道をアプローチしていくと、錆板の暗闇が突然ガラスブロックの光に変わる。6m四方で9㎜圧の鉄板は、この住宅の誕生と共に錆びるに任せている。時間は鉄を刻むが鉄もまた時間を刻む。この錆板は安価な外壁として、あるいはガラスブロックの光を際立たせる暗闇として、さらに時を刻む錆のミニマルアートとして存在している。鉄は錆びさせないことが建築の常識であった。とまどった鉄骨工事の担当者が「この家はすっぴんですね」と語った言葉が印象的である。この「素っぴんの家」は簡素にして質実というクライアントの要望に添っているものと思われる。