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鹿谷の家
クライアントは、ご夫妻とも気鋭の精神科医で、建築についてらよく研究され、ライフスタイルも明快であった。
臨床経験によれば、精神科の患者が格子付さの個室で意識障害に苛まれているとき、彼らの表象空間に浮かぶのは、幸福な場であろうが憤りの場であろうが、「家」の姿だそうである。健康な人間にとっても、「家」とはものとしての存在だけでなく、感情の記憶でもあるという。この記憶は、次から次へと生まれては消えていく泡のように、不安定なイメージであると聞く。クライアントの要求は、幸・不幸の次元を超えてさまざまなシーンが起る人生の舞台として、豊かな「表象空間としての家」を満たすことができる家を設計してほしいというものあった。敷地は三方原台地の東端に位置し、洪積層の地盤は安定している。浜松城公園に近く、周囲は神社や寺が散在する文教地区である。古くからの住宅の密集地で、浜松市街への交通の便も良い。しかし23°に満たない狭小な三角系の敷地は、南は5ｍ高の斜面に接し、足場も悪い。北側の５ｍの接道は斜線制限も厳しく、工事車両の進入には不便な急カーブもあって、工事は極めてこんな物であった。
三角地の先端には樹齢50年の“桜の古木”が街路樹として君臨していた。この桜は、毎年豪華な花を咲かせ、界隈の人々を楽しませている。そこでこの桜をそのまま残し、内部と外部の風景とが関わりあうところをイメージの源とした。まず、高さ6.5ｍの２枚の厚いコンクリートの界壁を配置し、周囲から直接私的な世界を覗かれることを避けた。1三角水密性の良いRC造で、床面をGLより45cm下げ、桜のある中庭と南側の斜面に向けてのみ開口部をとった。重厚な壁で囲われ内向的な空間である。クライアントの書斎であり、リスニングルームでもあり、診察室と仕手の役目も果たしている。2階もまたRC造で、ユーティリティーと水回りを伴った寝室群はまだ子供が幼いため個室化していない。このフロアは中庭の桜の一番の見どころで、南側の北斜面に繁茂する種々の野草のグリーンがこの部屋に淡く反射している。3階は鉄骨造で、1・2階の重厚さとは対照的に、軽快で開放感にあふれ、透明性を持つ空間とした。ファミリールームと和室は、テラスを介して向き合うように配置した。下階の低い天井に対し、3階は連続したヴォールド屋根で、外部にも軽快なリズム感を与えている。すべての階からの視線は、パースペクティブに“桜の古木”に収束する。ヴォールド屋根は北壁の下部に敷衍され、組み込まれた足元灯は道ゆく人々との親密性を図っている。大胆に欠き込まれた界壁は、厳しい条件下にある都市住宅にありがちなミニマムなスケール感を払拭し、昼と夜のネガポジと四李の変化はさまざまな表情を与えながら住まい手に触媒として空間を提供している。
